2011年1月2日日曜日

About face 3(書評)

ソフトウェアのユーザーインターフェイスデザインを少しでも勉強した人で、「ペルソナ」という言葉を知らない人はいないでしょう。
また、VisualBasicのユーザー・インターフェイス・コンポーネントは、ある一人の技術者によってデザインされたものであり、その後長きにわたりソフトウェアのユーザー・インターフェイスにおける標準デザインとして、プログラミング言語・OSによらず、あらゆる場面に使われ続けているという事実を知る人も多いでしょう。(今となってはプログラミング言語自体に多少の陰りはありますが)
これらすべては、「アラン・クーパー」その人によって発明・提唱されたものであり、デマルコ、ワインバーグと並び称されるほど、ソフトウェア産業に多大な功績を与えた人物の一人といえます。
アラン・クーパー氏曰く、プログラマーという人種は、自分たちの作り易いようにユーザー・インターフェィスをデザインし、ユーザーに対しては、不当にそのデザインへの順応を強要、自身のデザインしたものが使えないのは、ユーザーが悪いのだと言い切ってしまうきらいが有ると指摘する。こうした考えは「ホモロジクス」すなわち自身の同族のみしか世界に存在してはならないとする、狭量な思考だと揶揄している。していた。下記の本では。
超一級のプログラマーであり、ハッカー達が言うところの「ウィザード(魔法のようなコードを書くプログラマー)」である彼自身が、この本を出した1999年当時、あまりにお粗末、プログラマーご都合主義、ユーザー不在のインターフェイス・デザインの氾濫を大いに嘆いていました。彼のデザインに対するこだわりと熱意は、意味不明支離滅裂なデザインを作り続けるテクノロジおたくのエンジニアに対する怒りによって支えられていたといってもよいでしょう。
その怒りは、当時としては画期的に長い本のタイトルや、先ほどの本の原著の表紙にも象徴されています。
いや、ハッキリ言って、この本の表紙は怖すぎです。
アラン・クーパー氏は、認知科学やインダストリアルデザインの概念をソフトウェア・デザイン、とりわけグラフィカルユーザーインターフェイスに多く取り込み、その学際的なアプローチによって、さらに自身のデザイン手法を研ぎ澄ましてきました。その集大成が、1995年の初版から2008年で第3版を数える「About face 3」です。
氏の提唱するゴールダイレクテッド・デザインという原則は、ユーザーインターフェイスのゴールを、ユーザーをゴールへと直接導くことこそが第一優先であると定義し、500ページ強に徹頭徹尾貫かれています。
ユーザーインターフェイスデザインの初心者が陥る間違い「とにかくユーザーに優しく作る」という誤謬。それにより過ちを生み出さない為に、以下の点は肝に銘じるべきです。
  • ソフトウェアは中級ユーザー向けの設計であること
  • 初級ユーザーが中級ユーザーになる為の助けとなる仕組みを入れること
  • ユーザーインターフェイスは無いに越したことはない
事例も多数掲載。業界のペースセッターであり続ける氏の、比類なき経験値からくる示唆と分析が、シニカルかつユーモラスに語られており、問題提起とその具体的対策は多いに説得力があります。実在のソフトウェアプロダクトを例示し、これのココが不味いという議論を書上で臆面もなく展開できるのは、業界においてこの人だけではないでしょうか。
なかでも、Macの躍進は、単に画面とプリンタ印刷と同じ結果となる、いわゆるWisywigの利点のみだとし、デスクトップパソコンにおける「グラフィカルユーザーインターフェイス」の分野では、さほど良い成果を示していないと指摘する点は痛快です。
言われてみると、たしかに近年のAppleと言えば、iPhone・iPadといった携帯端末での発明は有っても、ことデスクトップアプリケーション分野では目立った活躍はありません。デスクトップアプリケーションの、とりわけビジネス分野に踏み込んだデザインに取り組んでいるのは常にMSやIBM(Eclipse等)であり、Appleはせいぜいウィンドウが吸い込まれるアニメーションに力をそそぐ程度です。iTunesは未だに使いづらいソフトウェアであり、ユーザーは常に同等機能を持つ別の優れたデザインのソフトウェアを探し求めています。きっとAppleはハードウェアベンダーであり、ソフトウェアベンダーでは無いので、しょうが無いのかもしれません。
先述の通り、500ページ強もある本書ですが、部分的にも適用可能な内容も多く、すべてを読まなくともインタラクション・デザインの要諦に触れる事ができます。ですが、コンピュータエンジニアを生業とする人が、ソフトウェアデザインのあらゆる局面でこの本の記載を想起できれば、もっと良い仕事ができるはずであり、できれば通読する事をおすすめします。
ユーザーインターフェイスの良し悪しは、結局のところ定量化が難しく、問題が発覚するのは常にユーザー先です。自分の作ったソフトウェアが「使いづらい」「ユーザーの事を理解していない(業務を判っていない、と同義)」と評価されるのは悲しいことです。どこにこだわるべきか、なににコストをかけるべきかを判断する明確な指針を持ちたいと考える向きには、おすすめ出来る本です。