2010年12月26日日曜日

CIOのケーススタディ(書評)

最近読んだ本です。非常に面白かったです。The Adventures of an IT Leaderの邦訳版であり、トム・デマルコのような、小説の形式を取ったマネジメント指南書に近い雰囲気ですが、違うのはCIO視点、すなわち、より経営に近い立場から見たITマネジメントという事で、どちらかと言えばイリヤフ・ゴールドラット本に近い内容と言えます。

本の表紙は、私の今の職場付近の、おそらくボート上から撮影したもののようで、まぁ、撮る人がとれば、このあたりの風景も表紙になるんですね。

ちなみに原書の表紙はこうです。
「もっと真面目にやれ」、と言ってやりたい気もします。

あと邦訳版には、「あるITリーダーの冒険」というタイトルの他に、最近の時流から、長めのサブタイトルがついてますが、これはあくまでサブタイトルです。いわばノイズであり、某マネジメント本のように、異様に両目の離れたブキミちゃんが、アニメ風の挿絵でマネジメントに大奮闘したりはしません。そっちのほうは読んでないから知らんけど。

閑話休題。

主人公のバートンはIVK社のCIO。成長が低迷する社の立て直しの為に呼ばれた新CEOウィリアムは、前CIOのデイビスをリストラ。ITとは全く異なる部署の責任者だった主人公バートンを、後任のCIOとして選出する所から物語が始まる。
ITのバックグラウンドを一切持たないバートンが、果たしてIT部門の執行責任者として務まるのか、「一年と持たない」と言い残して去った前CIOの予言通りになるのか、というところで、物語は展開していきます。
ITのバックグラウンドを持たない主人公が、如何にITが複雑なのか、如何に微妙な問題に常日頃さらされているかを知るにつれ、事の次第を理解するようになります。主人公が事ある毎に、だらしないその身なりやコミニュケーション能力を馬鹿にしてきた、前CIOに対し申し訳なく思うようにさえなります。
いざ自分がその立場になって、コストやらROIやら、経営層が求める言葉や数値だけで語れるほど、ITは単純な世界の話ではなかったのだと気づいたあたりから、IT部門の一員として技術者との結束が強まり始めます。そんな折、過去に自身が否定し、撤回させたプロジェクトが実施されなかった事で、社内システムのセキュリティ上の窮地ばかりか、自身の窮地をも呼びこむ事となります。
このあたりの筋書きが、物語になかなかの深みを与えています。
以前の主人公は、なぜIT部門が経営層と上手くやれないのか、マネジメントをまともにこなせないのか、まったく理解していませんでした。
実際、経営層とIT部門とのやりとりが円滑に進まない事は多い。IT部門が経営層の立場を理解していない事、ITの知識を持たない人間とIT責任者がうまくコミニュケーションできない事がその理由である、そういう指摘が、この本の要諦の一つです。
たしかに、ITに関する用語や概念は難解で、それをだれでも理解できるように説明できなければ、CIOどころかマネージャも務まらない。反面、でもなぜ、IT部門だけが歩み寄らなければならないのだろうか、という疑問も湧いてきます。
日々更新される新技術に食らいつきつつ、経営層にアピールする為に、さらに会計学や経営学も勉強する。結局はどちらも上手くいかず、偏って高い評価を得ているのは、ビジネス部門の知識に長けた人材であると気づくや否や、会計学をひたすら勉強し始めたりする。
IT固有の複雑さをすっ飛ばしてしまっているのに、経営層にしか響かないレトリックを駆使し、強引にプロジェクトを進めたりできちゃうので、出世は早い。その結果、IT部門に居ながらにして、プログラムが全く組めないマネージャを産みだす、そんな事態も起こりえます。けして良い傾向ではない。
企業の成長に欠かせないはずのIT部門、にも関わらず、ITに対する無理解が依然としてあり、それが企業に手痛いダメージを与えているという事実への警鐘が、主人公が取締役会で発する一言によって集約されています。これをビシッと言えなければならないのです。
「将来、『私はITについてはよく知らない』というのは、『私は会計についてはよく知らない』という以上に、まずい事になる」
CIOの仕事について緻密な筆致で臨場感高く語られており、経営層とIT部門との狭間で起こる問題をいかにして解決するかを学ぶケーススタディとしても活用できます。
自分がこの立場ならどうする、彼らの行動をどう理解するのか、章の末尾に書かれた問いかけによって、自身の思考の整理ができる点はよく考えられていると関心します。

名著。